1999年秋にHさんより、「夫の遺産を、このまま持っていて、子どもに不労所得として残すのは、子どもをだめにする道かもしれない。そうではなく、地域で市民自治の力が育つようなことに使いたい」という申し出がありました。


 Hさんは、川崎市内で30年ほど前から、PTA活動や市民館活動などをはじめ、多摩区から女性議員を擁立したり、多摩区地域教育会議では第1期から現在まで委員を務めたりと教育問題や女性問題などを中心にさまざまな活動をしてきました。しかしそれらの活動のなかで、後に続く若い人がなかなか見つからない、自分たちの思いが伝わりにくい、ということに危機感をもちました。
 上記のHさんの申し出を受け、1999年末から、Hさんを含めそれまで彼女に関わりがあった数人が集まり、話し合いをすすめてきました。地域の人々が、日々の暮らしのなかで気がついたことを持ち寄り、語り合うことによって解決策を見出していく、そんな場があれば、自分たちのまちが住みやすくなるのではと考えました。その場づくりとして、2000年4月に現事務所の賃貸契約をし、設備を整え、スタッフを配置しました。当面は収入確保に頭を悩まさずに、場づくりに専念できるのでは、とスタートしました。
 「ぐらす・かわさき」の“ぐらす”には三つの思いを込めています。一つは大地に根を張る草の根のグラス、二つめは透明性を表すガラス張りのグラス、そして〈暮らすに〉に点々(、、)つまり汗して暮らすというのが三つめです。
 今後NPO法人として、資金を公正に管理・運用する必要を感じ、これまで準備をしてきました。法人として認可された段階でこれらの財産は法人名義になります。
Hさんから提供された基金は「ぐらす・かわさき」の今後の活動に対する貴重な先行投資です。今後、私たちは「ぐらす・かわさき」に集う人たちとともに、基金だけに依存せず自立して活動できる日をめざします。そしてその何倍にもなるような「お金にはかえがたい果実」を地域社会の中にもたらすことができるよう、努力していきたいと思います。

2001年1月28日 
「ぐらす・かわさき」設立準備委員会